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カクレ理系のやぶにらみ

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時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

酒井法子の報道にみえる悪意

 酒井法子とその夫(こういう書き方は夫にとって屈辱的だと思いますが)が覚醒剤取締法違反の罪で起訴されましたが、酒井法子を巡る報道は相変わらず続いています。
 刑事事件の被告人になると、法廷内では個人の人権など無視されてプライバシーが暴露されるのが通例です。被告の生い立ちから家庭環境、交友関係(異性関係も含む)など、本人にとって触れられたくない過去もあるはずですが容赦なく暴露されてしまいます。
 今回の件では、酒井法子が出頭したとたんにそのプライバシー(家族のこと、両親が離婚したこと、元カレのことなど)がメディアを通じて暴露され始めたということが気になります。
 また、その夫のことをニュースで扱うときは「自称プロサーファー」という肩書きがつけられていました。この言い回しには、本当違うんだけど肩書きを詐称しているいかがわしい人間、というニュアンスがつきまといます。
 一連の報道の底にあるのは、恵まれた人間を引きずり下ろすことに快感を覚えるというものです。そのような底意地の悪さはメディアの側にもありますし、視聴者(読者)の側にもあります。注目しなければならないのは、メディアによるプライバシーの暴露は常に「犯罪者に対する告発」という体裁をとって行われ、自己の悪意を覆い隠しているということです。したがって、暴露されるプライバシーが醜悪なものであればあるほど、その送り手と受け手が得る快感は強いものとなります。そのようなことが繰り返されるうちに、犯罪者に対しては何をしても構わないという腐食性の強い感情が生まれてきます。

 企業や官公庁から名簿が失われるたびに、個人情報が流出したといってマスコミは大きく報道しています。また、青森の裁判員裁判では被告の精神的な負担を軽くするべきだという主張をしておきながら、酒井法子の場合では、住所や氏名どころではないもっと重大なプライバシーという個人情報をメディアが平気で暴き立てるというのは、どう考えても矛盾しており理性的な行動ではないといえます。これは酒井法子のような芸能人に限ったことではありません。世間の耳目を集めるような重大事件の犯人とされた普通の市民に対しても、マスコミによって同様の「告発」が行われてきました。だったら悪いことをしなければいいんだといわれそうですが、中には犯人にでっち上げられた人が何人もおり、その人たちも同じような被害に遭っているのです。
 犯罪者に対しては何をしても構わないという感情は、私刑(リンチ)の温床となります。しかし、罪を犯した人間は法に照らして裁きを受けるというのが法治国家の原則ですから、その手続に拠らない制裁を許してはなりません。

 秘密裏に行われている犯罪をマスコミが告発するというのはマスコミの重要な役割の一つですから、当局がこれを一概に禁止したり制約を加えるというのは許してはなりません。それでもマスコミの役割は告発であって、容疑者や被告人の人に知られたくない秘密を暴いて断罪することではないはずです。
 このような悪意に基づいた報道は、感情によって人を裁くということが当たり前の世の中を招いてしまいます。
 唯一の対策は、そのような報道は無視し、一顧だにしないという姿勢をとり続けることであると思います。
by T_am | 2009-09-04 22:48 | その他