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カクレ理系のやぶにらみ

tamm.exblog.jp

時間のある方はお読みください。軽い気持ちで読み始めると頭が痛くなります。

 他の先進国と比較すると、日本での新型コロナウイルスのワクチンの接種は遅々として進まず、今後の見通しもよくわからないというのが現状です。いったいこのコロナ禍はいつ終息するのでしょうか?
 わたしは、ワクチンの接種が一通り行き渡れば、抗体ができるので流行も収まるはずと思っていました。しかし治癒したにもかかわらず再度感染したという報告や、ワクチンを打ったにもかかわらず感染したという報告もあります。さらには変異株の発見も相次いでいます。
 これらのことから、この新型コロナウイルスというのは、普通の風邪のウイルスのようにある程度の時間をおいて何度でも感染するのではないかとも思うようになりました。
 以下の発表によれば新型コロナウイルスの抗体は時間と共に低下していくが半年くらいは維持されるとのことです。だとすると半年という期間内に殆どの国民に対しワクチンを打つことができれば、コロナ禍は確実に収束していくことがわかります。
 しかしながら半年経ってもワクチンが行き渡らない人がまだ大勢いるとなると、せっかくワクチンを打っても抗体の低下した人から再感染する可能性も出てくることになります。
 無能な政治家は税金を有効に活用することができません。無意味なことにじゃぶじゃぶと垂れ流しておいてなんとも思わず、やってるふりだけは上手です。テレビによく出てくることと、その人の能力との間に関連性はありません。逆に有能な政治家がテレビに登場するのは、その人が成果をあげたときなのですが、某前総理や某知事のように無能な政治家ほど多弁です。己の能力を主張するのに実績ではなく弁舌をもってあたる以外にないからでしょう
 閑話休題。理想を言えば、ワクチンの普及は世界同時であることが望ましいといえます。けれどもそれはが不可能であることはおわかりいただけるでしょう。そうなると次に考えられる対策は、抗体が低下した頃にもう一度ワクチンを打つというプランです。これが成功するかどうかは、半年の期間内に製造されるワクチンの数が全世界の人々に行き渡る量を確保できるかにかかっている。確保できなければ新型コロナウイルスは世界のどこかで流行を続けていることになりますが、どうやらそうなる可能性は高いのではないかと思います。
 それでもある程度の時間を経ることで、このコロナ禍は終息するように思います。なぜならば、人類が新型コロナウイルスへの耐性を獲得し、感染しても重症化しないようになていくと考えられるからです。今でも感染しても重症化せずに回復する人はいるわけです。その一方で、回復しても味覚を喪失するなどの後遺症も報告されていて厄介なウイルスではあることは間違いありません。それでも感染しても重症化しないという耐性の高い人が増えていけば、その社会が抱えるコロナ禍のリスクはそれだけ低下していくことになります。そしていつかは普通の風邪のウイルスと同じような位置付けになっていくはずです。

 もっともそうなるためには適者生存が適用されるだけの世代交代を経る必要があるので、短くても数十年、長ければ百年以上の時間を要するかもしれません。それまで待てないし、新型コロナウイルスに感染して死にたくないという人は、自分が感染しないよう注意を払い続ける以外にありません。幸いなことに感染リスクを低下させる対策は既知のものとなっています。強固な精神力を要求されますが、不可能ではありません。

 一方ビジネスにおいては、コロナ禍に適応したビジネスモデルを開発していかなければなりません。これまでのビジネスモデルは、より効率的に収益をあげるために大勢の人を集めお金を使わせるというものでした。飲食業や娯楽産業がその典型です。それらの業種が今大打撃を受けているのは言うまでもありません。
 新しいビジネスモデルの鍵は周知方法と決済方法、そして物流です。幸いなことに、これらを可能にする技術は既に出そろっているといえます。早い者勝ちであるだけに、ビッグチャンス到来と言えるかもしれません。

# by t_am | 2021-04-19 22:31 | 科学もどき
 米山候補に当確が出ましたね。これで当分柏崎刈羽原発の再稼働はなくなったということになります。
 それで一安心という人も多いかもしれないので、敢えて書いておきますが、原発はその運転を停止しているからと言ってリスクがゼロであると言い切れるかというとそうではありません。というのも、原子炉建屋内には使用済み核燃料が冷却プールに保管されているからです。使用済み核燃料といっても臨界状態にないだけで、放射性物質の核崩壊は相変わらず起きているので、その熱を冷やしてやる必要があります。(福島第一原発では緊急停止にはせいこうしたもののこの冷却が途絶えたためにあれだけの事故になったことを思い出してください。)
 したがって、原子炉が再稼働していなくても何らかの事故が起こり、使用済み核燃料の冷却ができなくなってしまった場合、福島第一原発と同様の事故が起こる可能性が否定できないのです。
 このことを考えると、原発については即廃炉というのが合理的な判断であるといえるでしょう。これから県知事となる人が県民の安全を確保するというのなら尚更です。

 泉田知事が口癖のように言っていて、米山候補もそれを受け継いだ「原発事故の検証がなされない限り再稼働を認めるわけにはいかない。」という発言は実に巧妙な発言であるといえます。というのは、原発事故の検証を行った結果これならば事故を防ぐことができると認められれば再稼働に同意するという意味になるわけですが、現実問題として未だに原子炉の内部に入ることができないわけですから、事故の検証などいったいいつになったらできるのか誰にもわからないわけです。したがって、このような言い回しをすることで、事実上原発の再稼働を認めないという判断しているにもかかわらず、その責任は自分にあるのではないということにしているわけです。
 政治家は強大な権限を持つだけに、その決定に対して責任を負ってもらわなければなりません。責任を負うべき人が責任を負わないで権限だけをふるうとどうなるか? その典型的な事例が豊洲市場への移転を巡る混乱ですし、もしかすると東京オリンピックもそうなるかも知れないのです。

 そうはいっても、実際問題として柏崎原発の再稼働を阻止しているのだからそれでいいじゃないか、という意見もあるかもしれません。しかし、それでは自分が主張する結果に導くためにはどのような手段をとっても構わないということになってしまいます。それがエスカレートしていくと、再稼働を阻止するためにはデマを流しても構わないということなります。
 現政権が、集団的自衛権のための安保法制を成立させたときに、それが必要な理由としておよそあり得ないケースが挙げられていました。その挙げ句に、国会の特別委員会に他の委員会の委員たちが乱入してきて議事を混乱させた中で無理矢理可決されたことにしてしまいました。(後日その時の議事録は書き換えられてしまいました。)
 大事なのは結果であってその過程はどうでもいいのだ、というのであれば、安保法制を可決させたようなことがこれからも起こりうるということになります。国政だけでなく、地方自治の場でもそのようなことが横行するようになったとき、この国は滅びの途を進むことになるのだといわざるを得ません。
# by t_am | 2016-10-16 23:01 | その他

by T_am